Sea Dream 36号「このシェフに、ひと皿あり」より
photograps by 鈴木勝 Masaru Suzuki
80種類もの野菜を一つひとつ、まるで生け花のように色や形を組み合わせて、野菜の立ち姿、器とのバランスを計算しながら置いていく。皿はメタル製で、気鋭の作家、尾崎悟さんによるものだ。メタルなのにやわらかさをまとう不思議な皿に反応してか、野菜たちは木や磁器の上とはひと味違うオーラを放っている。
「農園2」という名のついた美しいこのひと皿を前にして、「キャンバスのように料理を描く」「料理はアートだ」といった、どこかで聞いたことのあるようなフレーズだけで片付けるのはもったいない。このひと皿へのアプローチは「彼の森へ行こう」と決めたときから始まる。彼とは皿の創造主、都志見セイジさんである。2021年、山梨県の韮崎の森を自力で開墾し、突然、東京から拠点を移したシェフである。都志見さんのこれまでを知っている人なら、あまり驚くことではないだろう。都志見さんは「レストランは10年で朽ちる」という持論のもと、ほぼ10年ごとに今挑戦したい、表現したいと思うスタイルに変えてきたからだ。
「農園」という料理が生まれたのは今から10年前、野菜の多様性を再認識し、日本の野菜を主体にしたメニューを組み立てるために1日1組4名までのレストラン「TSU・SHI・ MI」にスタイルを変えたときだ。その前の「ミラヴィル」をクローズしてから10年経ったときのことである。そして次の10年後のチャレンジを模索していたころ、都志見さんの体に異変が起こる。大腸にガンが見つかったのだ。「ストレスと疲労もあってかなリヤバかった」そうだが、自分に合う医者と治療法を探し続け、無事に摘出できた。しかし、健康への意識は否応なく高まる。料理に集中し、ストレスフリーな環境を求めていたところ、今の場所が見つかった。山の県道から林道をちょっと入ったところにある土地で、インフラは何もなかった。しかし、なだらかな傾斜があり、その傾斜を眺めるためになんとなくしゃがんでみたところ、レストランが建つイメージがパッと浮かんだそうだ。広葉樹が多く、葉が全部落ちるので腐葉上がたまる。野菜もおいしく育つだろう。何よりこの景色を生かしてみたい。彼のアンテナがくるくる動いて、あっという間にコンセプトが決まった。「森の料理」そして「10年で終わるレストラン」である。
森を開墾し、レストランをゼロからつくる……失礼ながら大病のあと、それも60歳という年齢で挑むには無謀とも思える挑戦だが、都志見さんに迷いはなかった。あとはもう突き進むだけということで、自分で木を伐り、飛び込みで見つけた地元の設計事務所に依頼し、時に衝突しながら設計図の線を自分で引いた。モールテックスのテーブルなど納得のいく調度品を整え、器も先の尾崎さんのように自分の感性に合う作家と意見を交わした。レストラン内に飾る絵も自分で描いた。料理もワインも空間も、そしてこれまでの都志見セイジの技術も感性も思いも、すべてをさらけだした、いわば彼の料理人人生の集大成のレストランであリアトリエである。
2022年5月25日、新生「TSU・SHI・MI」は完成した。そして10年後の2032年5月25日閉店する。次の10年後のために。そのときの「農園3」はきっと、料理ではない何かである気がする。
文:土田美登世 Mitose Tsuchida