光悦ゆかりの地で 自然と調和した 総合芸術としての日本料理を描く
2020年、アマン京都「鷹庵」の総料理長に高木慎一朗氏が就任したと聞いて、「そう来たか!」と思った。高木氏は京都ではなく、金沢の料理人である。京都なのだから京都の料理人で。その思い込みは日本で暮らしているから無意識に根付いてしまったのかもしれない。外資系であるアマンだからこそ、フラットな状態で「〝この地〟に映えるシェフとは誰か?」を追い求められたのではなかろうか。いや、追い求めたというよりこれは必然だった気がしている。アマン京都が選んだ〝この地〟とは京都の洛北、金閣寺にもほど近い鷹峯(たかがみね)で、ここは江戸時代初期の本阿弥光悦の縁の地である。光悦は江戸時代の金沢つまり加賀藩の前田利家とも親交があったからだ。
グローバルで柔軟な発想で
日本料理の可能性を広げる〝総合プロデューサー〟
取材(来店)に行ったのは2024年4月初めである。京都の中心地から車で約20分走ると、緩やかな山道がつらなるようになる。さらに登っていくと、大きな丹波石の門が迎えてくれる。車を降りてさらに奥に進む。深く茂る木々は、静寂と陰影、そして心地よい気を注いでいた。光悦が徳川家康から与えられた約90,000坪の広大な土地が鷹峯と呼ばれるエリアである。時を経て西陣織の名家によって整えられ、アマン京都が引き継いだ。光悦は日本刀鑑定の名門家系に生まれ、総合芸術流派の「琳派」をおこしたことでも知られている。いわゆる芸術の総合プロデューサーだ。
「鷹庵」は敷地に入ってすぐの建物にある。宿泊客以外でも入りやすいようにという心配りからだ。エントランスを入ると、長さ約10メートルもの一枚板のカウンターが納められ、すべて日替わりのおまかせで懐石料理が出される。客たちは席に着いた瞬間から身を任せ、「鷹庵」の料理の世界に浸ることができる。高木氏は総料理長の立場であり、総合プロデューサーだ。光悦と同じですね? というと、いやいや恐れ多いと恐縮していたが、高木氏の料理の技術だけではなくプロデュース能力も買われての抜擢であることは、氏のキャリアと持ち味である柔軟な発想から考えるとごく自然に理解できる。料理だけではなく、空間づくりにも、日本料理人としての考えを率直にのべて「鷹庵」を作り上げていったという。
高木氏は石川県金沢市で生まれ育ち、高校時代に1年間の米国留学を経て、大学卒業後「京都吉兆」で修業。1996年に「銭屋」初代主人である父の後を継ぎ、2008年に2代目主人となる。以降、2016年には「銭屋」をミシュラン二つ星レストランへと導いた。ひと皿に添えられる高木氏のウイットに富んだ話術の魅力と語学力の高さもあって、カウンターで味わう独創的な世界観は評判となり、海外での活動の舞台が広がった。国内外の食の学会にも招聘され、ニューヨークやパリ、ミラノなど世界各地のホテルやレストランでコラボレーションイベントにも参加してきた。高木氏には、日本料理の伝統を守ろうとして時に陥りがちな「こうしなければならない」という発想をあまり表に出さない。「こうすればできる」という肯定的な発想で物事を攻めていく。そして結果的にその姿勢が、日本料理が世界の食文化としてさらに発展を遂げることができるのだと思う。
素材感がダイレクトに伝わる料理が
唯一無二の空間で広がっていく世界を堪能して欲しい
高木氏の料理は技術的にも盛りつけにも華美な演出はない。わかりやすくいうと何を食べているかがすぐに理解できる料理だ。素材の味を壊さないように手をほどこしたひと皿からは寄り道することなくストレートにおいしさが伝わってくる。アマン京都「鷹庵」に訪れる客は、7~8割が外国の方だ。彼らに向けて意識していることはあるのだろうか?
「わかりやすい料理であることは変わらないですが、クラシカルな日本料理かというと、それとも違う。そうした料理は京都にはたくさんありますから。ここにわざわざ来てくださるお客様は、また別の新しい日本料理の空気感を求めて食べに来てくださっていると思うんです」
その期待に応えるために、まずは季節の素材と向き合い、ひとつの皿にたくさんの料理を置かないこと、森の中という非日常の空間で味わう日本料理だからこそ、最後のひと口を終えても味や香りの余韻を楽しんでもらうことを意識しているそうだ。それが、美味しかったね、楽しかったね、また来たいね、という気持ちにつながる。ただ、余韻を感じさせるシンプルな料理となると、当然、上質な素材ありきのことである。素人考えながら、付き合いや縁を重んじる京都で、県外の料理人がそうした食材を手に入れることはむずかしいように思うが、京都の修業時代から40年以上世話になっている店が、快く卸すことを引き受けてくれたそうだ。
高木氏は「鷹庵」の大枠の献立の構成などのアドバイスをし、現場は任せている。「日本料理は、実はとても許容範囲が広いフォーマットだと思っています。私は自分なりの視点で、鷹庵で、そして世界の人たちへ、さらに魅力的だと思ってもらえる日本料理をこれからもどんどん発信していきたい」と、高木氏は語る。氏は今後、アメリカやアジアなどでも新しいプロデュースや出店が決まっているそうだ。この展開にもアマン京都は「世界の食文化への貢献となれば」と理解を示しているという。まずは「銭屋の高木」が軸となり、そこからアマン京都「鷹庵」へ、世界へ。まだオープンではないが、なかなかスゴいプロジェクトも待機している。
「たとえば、ローリング・ストーンズのミック・ジャガーはデヴィット・ボウイとデュエットするし、キース・リチャードもアレサ・フランクリンとセッションする。でもそれができるのはバンドとしてのストーンズがあるからだし、それがあるからティナ・ターナーもデュエットをしたいと言ってくる。これは料理界にも通じると思っていて、私にとってそれが銭屋なんですよ」
さすが、総合プロデューサーの発想だ。5年目となる「鷹庵」での料理ライブを、これから先も存分に楽しんでいきたい。
鷹庵
●京都府京都市北区大北山鷲峯町1
●075-496-1333
●12:00〜15:00、18:00〜22:00
●無休
●https://www.takaan.jp/
by 土田美登世 Mitose Tsuchida